名古屋地方裁判所 昭和40年(ワ)934号 判決 1966年5月13日
原告 李明桂
被告 安田政雄こと 安中泰
主文
被告は原告に対し、金二九万八八一〇円、およびこれに対する昭和四〇年一〇月二一日より完済まで、年六分の割合による金員を支払え。
原告その余の請求を棄却する。
訴訟費用は被告の負担とする。
この判決は、原告勝訴部分につき、仮に執行することができる。
事実
第一、当事者の求める裁判
一、原告訴訟代理人は
「被告は原告に対し、金二九万八八一〇円およびこれに対する昭和四〇年九月二七日より完済まで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求めた。
二、被告訴訟代理人は
「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」
との判決を求めた。
第二、当事者の主張
一、原告の請求原因
(一) 被告は、左記約束手形一通(以下、本件手形という)を訴外安田竜に宛て振り出し、同人はこれを原告に白地で裏書譲渡し、原告はその所持人となったので、満期に支払場所に呈示したが、その支払を拒絶された。
記
額面 金三八万五〇〇〇円也
支払期日 昭和四〇年九月二七日
支払地振出地共に名古屋市
支払場所 大和銀行名古屋駅前支店
振出日 同年七月二八日
(二) よって、原告は、被告に対して右手形金内金二九万八八一〇円およびこれに対する満期たる昭和四〇年九月二七日以降完済まで手形法所定の年六分の割合による利息金の支払を求める。
二、被告の答弁および抗弁
(一) 請求原因事実は認める。
(二) 原告は本件手形の正当な所持人ではない。以下、その理由を詳述する。
(1) 原告は訴外安田竜に対し、本件手形以外にも金額三一万五〇〇〇円、満期昭和四〇年一〇月二〇日、振出人訴外金原泰二、裏書人右安田なる約束手形一通(以下別口手形という。)を割り引き、右手形二通の所持人となったものであるが、右各手形の満期前たる同年九月二一日、原告と右安田との間に、同人は原告に対し負担する右手形二通の手形債務合計七〇万円を、準消費貸借の目的に供し、返済期を同月二七日、利息年一割八分、期限後の損害金日歩九銭八厘とする準消費貸借契約が成立し、その旨の公正証書(名古屋法務局所属公証人堀内斉作成第一三万三七五〇号)が作成された。
(2) しかして、右手形二通はいずれも不渡となったので、原告は右公正証書に基づき、債務者安田に対する強制執行として、同年一一月一日名古屋地方裁判所において、同人が訴外阪和興業株式会社および同丸定産業株式会社に対して有する継続的運送契約に基づく運送賃債権(前者は債権額金四〇万円、後者は債権額三四万七五三六円)に対して債権差押並に転付命令(同庁昭和四〇年(ル)第六一八号、同年(ラ)第七五四号)を得、右命令は、その頃、各第三債務者に送達された。
(3) 以上によれば、右公正証書表示の原告の安田に対する貸金債権七〇万円は消滅に帰したこと明白である。したがって、本件手形は、当然安田に返還さるべき筋合にあるから、原告は、本件手形の正当な権利者とはいうを得ない。
(三) 仮に、原告主張の如く、前記転付命令により原告が弁済を受けた金額は金四四万八七二六円であり、前記債権額七〇万円全額弁済を得られなかったとしても、本件手形は依然安田に返還さるべきものである。すなわち、右転付金の充当については当事者間に何らの合意ないしは指定も存しなかったので、法定充当さるべきところ、前記二口の手形債務は、いずれも弁済期が到来し、かつ利息、損害金は同一であるから、右充当は、債務者たる安田のために弁済の利益の多い債権に先ず充当さるべきである。しかるところ、本件手形の満期は別口手形より早いから、これらの手形が第三者の手に渡り得る場合を考慮すると、本件手形を先に回収することが安田にとって利益があるものというべく、したがって、右転付金は、先ず、本件手形金に充当すべきものである。<以下省略>。
理由
一、原告の請求原因事実は、すべて被告の認めるところである。
二、そこで、被告主張事実につき審究する。
(一) 原告が安田竜に対して、本件手形及び別口手形合計二点(金額合計七〇万円)を割り引き、同人との間に、被告主張の如き公正証書による準消費貸借契約を締結したこと、原告が右公正証書に基づき、右貸金七〇万円並びにこれに対する利息及び損害金四万七五三六円を執行債権にして、被告主張の如き債権差押並びに転付をなし、合計金四四万八七二六円の転付金を受けたこと、は当事者間に争いはない。
(二) 前記認定の如き事実関係と、本件口頭弁論の全趣旨を総合すると、原告と安田との間においては、前記準消費貸借契約の締結によって(その名称はともかく)、前記二口の手形債務を消滅させることなく、依然右各手形債務をも併存させる意思であったことが推認でき、他にこれを左右するに足る証拠はない。
(三) 証人加藤久雄の証言及びこれにより成立の真正を認め得る甲第二号証を総合すると、本件転付の当時、丸定産業株式会社に対する破転付債権は、金四万八七二六円が存在していたのみで、残余の二九万八八一〇円は存在しなかったことが認められ、他にこれを覆す証拠はないから、原告の安田に対する貸金元本及び利息、損害金債権合計金七四万七五三六円は、内金四四万八七二六円(阪和興業株式会社の分四〇万円、丸定産業株式会社の分四万八七二六円)については弁済されたものとみなされるが、残余の二九万八八一〇円については、右転付にかかわりなく尚残存するものと認むべきである。したがって、右転付命令のあったことの一事を以てしては、原告は安田に対し本件手形を返還すべき義務はないから、この点に関する被告の主張は理由がない。
(四) 被告は、原告の受領した前記転付金は、本件手形金に対する弁済に充当されたとして、原告は安田に対し本件手形を返還すべき義務ある旨主張する。しかしながら、被告の所論は、独自の見解であって採用に値しない。すなわち、本件手形及び別口手形はいずれも廻り手形であって、裏書人たる安田以外に被告ないしは金原泰二が振出人として各手形上の債務を負担しおること、前示説示のとおりである。したがって、右各手形債権は、右貸金債権全額の弁済によって始めて消滅するものというべく、右貸金債権にして一部でも残存する限り原告の被告ないしは金原に対する各手形債務は、いずれも右貸金残額二九万八八一〇円の範囲内で存在すべきは当然である。換言すれば、原告が右限度内において、本件手形金のみによりこれを回収し、或は別口手形のみによりその弁済を求め、或はまた両手形により満足を得んとするも、すべて原告が任意に選択し得るところである。このことは、本件準消費貸借債権及び前叙の如き手形債権二口の併存なる事実からいって、当然の帰結である。したがって、原告は、いかなる意味においても安田に対し本件手形を返還すべき義務はない。
<以下省略>。